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2005年 理事長所信 |
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社団法人 伊丹青年会議所
私は、自分が成功できる事を知っている。 私は、私が成し遂げようと思うことを成し遂げるだろう。 私は、自分がなりたいと思うものになるだろう。 そして、私は自分の心の力が私の正直な決心と信念に答えてくれる事を知っている。 私は潜在意識の法則には決して誤りがない事を知っている。 そして、私がその上に印象付けたものは何事であれ、そのとおりに現れ、表明されるだろう。 ジョセフ・マーフィー著 「 黄金律 」
はじめに温故知新あり・・・
21世紀という新たな世紀に入り、世界的な規模で古いシステムの崩壊が進み、新しい秩序が構築されつつあります。古き不必要とされるものは排除され、新しき良きものへと見直しをされる大きなうねりが押し寄せてきています。しかし、その中で、本当に排除されるべき物と、継承されるべき物のすみわけが、公正になされているのでしょうか。改革という言葉がひとり歩きをしているような、本当に改革が前進しているのか、極めて疑問の感があるのは確かな事ではないでしょうか。 変革の時代であるからこそ、我々青年会議所が、地域に根ざした活動、そして、全国的なネットワークを活用し、小さなことから変革を実現していく時代ではないかと考えます。 感性を研ぎ澄ます・・・ 青年会議所メンバーは、昭和40年代生まれ以降で構成する時代に入りました。新しい感性や価値観、世代は変われども、生きる事や人間の本質はなんら変わることはありません。日本の歴史や文化・文明を基盤とした確固たるもの。それをベースに改革をし、時代の流れを読み、方向性を見極める「感性」を呼び覚まし、磨かなければならないのではないでしょうか。 ヒトが持つ5つの感覚、「視覚、 聴覚、 触覚、 味覚、 嗅覚」は、それを通して外の世界から情報をうけとる外界とのコミュニケーションのシステムです。私たちが人や自然と触れ合い、社会や世界を知り、それらを楽しむ方法は、見たり、聞(聴)いたり、触れたり、味わったり、匂いを嗅いだりして知ることができます。 楽しみを感じる能力、他人と意志を疎通する能力、社会に影響を与える能力、これらはすべて人間が本来持つ五感を効果的に使うことで培われるものであり、五感によって培われたものが統合して現れるのが「感性」です。しかし、現代社会では、過剰な刺激を作り出し、人間が本来具備する感受性の低下を招く要素があちこちに転がっているような気がします。社会生活全般が「感性を失った時代」にはなっていないでしょうか。 IT革命は世界の人々の時間と距離の概念を変え、効率性、利便性においては本当に便利な世の中になりました。しかし、現在のIT革命において、五感を響かす感覚はありません。本来、人間が具備している五感という感覚を研ぎ澄まし、何を守り、何を変え、そして新しい何かの気づきを感じていかなければならないと考えます。メンバーひとり一人が、感性を研ぎ澄まし、強い人間、価値ある人間、眠れる力の扉を開く心の力を創生していく事が、重要ではないかと考えます。 心の教育(心の力)・・・ 今、子どもたちに関わる不幸な社会現象の中、学校教育、家庭教育に問題があるように思えます。 家庭が子どもを育み、地域が子どもを育む事を、今一度私たちは原点に立ち、論議する事が必要ではないで しょうか。子ども達に伝えていかなければならない事は多くあります。礼儀作法、徳を積むことの重要性、生きていくことの重要性。逆に、履き違えた個人主義や本人任せでは生き方を教える事は出来ません。まず、自分の子どもに対して生き方を教え、方向性を示してやる事により、自分自身にもこれで良いのかと自問自答し、新たな気づきを感じなければならないのではないでしょうか。まず、自分の家庭を振り返り、今一度考えてみてください。 「子どもは親の鏡」です。 けなされて育つと、子どもは、人をけなすようになり、不安な気持ちで育てると、子どもも不安になります。 子どもを馬鹿にすると、引っ込み思案な子になり、叱り付けてばかりいると、「自分は悪い子なんだ」と思います。励ましてあげれば、子どもは自信を持つようになり、広い心で接すればキレル子にはならない。誉めて愛して認めてあげれば、子どもは明るく、自分を大切にし、人を愛する事を学びます。見つめてあげれば、子どもは頑張り屋になり、分かち合うことを教えてあげれば、思いやりを学びます。 親が正直で公平であれば、子どもは正直の大切さと正義感のある子に育つでしょう。心から強い想いで守ってあげれば子どもは、強い子に育ちます。和気藹々とした家庭で育てば、子どもは生きる事の素晴らしさを感じるであろう。 人に教えるということは、自分自身を見つめなおす、素晴らしい機会となるのではないでしょうか。そして、自ら価値ありと認めた願望、明確な思考や目標に対し、燃えるような情熱を育む事があらゆる成功や達成感への出発点であり、心の力の創生へとつながり、思考が現実化していくのではないでしょうか。 無限の可能性・・・ 人間の大きな欠点なのかもしれませんが、人間とは本当に弱いものだと思います。 楽をして生きようと考えたら、自分自身に言い訳をし、ズルズルと横着の深みにはまり込んでいきます。 自分を一歩も後に引けないような窮地に追い込んで、自分自身の弱さと戦い、それを克服していくところに、 人間の進歩があるように思えます。 人間とは、「無限の可能性」を持っていると信じています。しかしその大半を潰しているのは、自分自身ではないでしょうか。無理だ・・・出来ない・・・そう思った瞬間、幾百の可能性が消し飛んでいきます。まず出来る、そう思うことが肝心であり、そして一歩を踏み出してみる。すべてはそこから始まるのではないでしょうか。 人間の心の優しさや、善意というものは、映画や小説のように都合よく相手に通じる軽いものではなく、いつか、硬い岩に清水が沁みこむように、沁みとおっていくものだと思います。 理想道とは、現実道によって支えられ、救われながら花開き、実を結ぶものです。自分自身の無限の可能性を信じ、まず、動きましょう。間違っても良しです。前向きの失敗は成功の基です。我々青年会議所は、40歳までの期限付きの団体です。失敗すれば、気持ちよく頭を下げましょう。そこから新しいまちづくり、ひとづくりがはじまるのではないでしょうか・・・ おわりに・・・ 私たち青年会議所は、ただ単に効率優先・事業遂行の為の組織ではなく、ひとり一人のメンバーが「主体性」 「協調性」 「創造性」を発揮し、活き活きと活動し、充実感・達成感・幸福感を実感できるような魅力ある組織でなければなりません。私たち青年会議所の目的は、私たちの住む街の明るい豊かな社会を築く事であります。真剣にこの事を考え行動し、そして事業を行ってきたでしょうか。何の為の事業であるかを再認識し、JCに対しての誇りを持って楽しく自発的に行動していきましょう。 決して成功しようと考えている訳ではなく、大きなことを考えている訳ではない。そして、今だからやるのではく最先端の事をやろうとしているのでもない。一生懸命に、そしてがむしゃらに頑張った時、魂が揺さぶられるほどの感動を味わいたいと思います。感動が人を動かし、感動が人を創ると思っています。 山は山であるように、そして空は空であるように、我々人間は人間らしく、協力し、分かち合い助け合い、真の人間像にふさわしい、そんな仲間になりたいと考えています。 まちづくりはひとづくりから。メンバー全員が一丸となり、どんな場面においても強い発言力を持ち、リーダーシップのとれる、志を大きく、高く、青年会議所メンバーの一員である事を誇れるような活動を展開していきたいと考えます。 |